二児と美容師と小説と私

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かゆいところはございませんか?について真面目に考えた

 

美容師を長年続けている中で、あることを疑問に思った時期がある。
「『かゆいところはございませんか?』は本当に聞く必要があるのか?」と。

 

その頃の私は美容師として脂が乗っていた。ファンキーだった。
ちょうどアフロに近いパーマのでかい頭で、帰りの電車を降りたら髪の中でカナブンが死んでいた、そう、あの頃である。
そして尖っていたあの頃の私は「かゆいところなんか聞く必要ないんじゃね?」という結論を導き出す。
で、早速試した。

シャンプー台で、シャンプークロスをしている時に「何もお伺いしませんので気持ち悪いところがありましたら遠慮なくおっしゃって下さい」と客に伝えた。
遠慮なく気持ち悪いところを表明する客など一人もいなかった。当たり前である。
聞かれてもいないのに気持ち悪いところを言うなんて、ヤカラである。
私は違和感を覚えた。なんか変。リズムが狂う。
シャンプーを終わるタイミングがつかめない。人によってシャンプーの時間が変わってしまう。聞きたい。私はやっぱり聞きたいのだ。かゆいところを!

例えば、交わった時、達する前に「イッてもいい?」「イくよ」などと確認する男を知らないか?
私は知っている。確認する男を何人か見てきた。
それと同じである。それはつまりおしまいのサイン。
シャンプーはここで終わりますよという合図なのだ。儚い。諸行無常の儚さである。
「イッてもいい?」と訊く男に「ダメって言ってもどうせイッちゃうんでしょバーカ」などと言う女は野暮である。では大海原のような心で「よかろう」と返すのが正解だろうか。


「イッていい?」の正しい答えは「いいよ」だと思われがちだが私の思う正解は違う。男は返事など必要としていない(多分)。「イッていい?」と言いながら自らを絶頂へ導いているだけなのだ。返事など要らぬ。要らぬのだ。むしろ返事などしてはならぬ。なぜなら「構いませんよ、イッてしまって結構です」と答えるなんて、全然満足していない証拠じゃないか!答えられないほどの絶頂を女に与えることこそが、それこそが!

 

とにかく女は「イッていい?」と聞かれたらうなずくにとどめるのが良い。

さて、ここで勘の良い方はそろそろお気付きだろう。
美容師の「かゆいところはございませんか?」に答えなど要らぬということを。
「かゆいところはございませんか?」への返答がない場合、ほぼ100%の確率で美容師はお流しに移る。もう一度聞き直す美容師は性格が悪いか無神経のどちらかなので二度と行かなくてよい。
返答がないということは、気持ちよくて寝てる、そもそも耳が悪い、かゆいところがない、かゆいところがあるけどまぁいいや、のいずれかである。
つまり、返答がない=かゆいところはない ということになる。
しかしそこは人と人。やっぱり何か反応はほしい。「はーい」でも「ぬーん」でもいい。何か音を出してもらえれば嬉しい。うなずくのは顔のガーゼがズレるのでやめた方がいい。

 

「かゆいところ聞かれるのがめんどくさいんだよね~」という意見はTwitterでもよく見かける。聞く方だってめんどくさい。じゃあなぜ聞くのか。それはつまりルーティンだからだ。

イチローがバッターボックスで肩先をつまむように、五郎丸がキックの前にカンチョーポーズをするように(これはもうやめたらしい)、羽生結弦が演技前に武士の「士」の字を胸の前で斬るように、美容師は「かゆいところはございませんか」を聞かねばならない。聞いてしまう。呼吸をするように自然に、無意識に聞いてしまう。なぜならそれは、ルーティンだからなのである。

「かゆいところはございませんか?」は、ルーティンなのだ!(大事なとこだから2回言う)


試しに美容師に「何にも聞かないで下さい」と頼んでみるといい。美容師は快くあなたのリクエストを受け入れるだろう。だって本当は聞くの面倒くさいんだもん。
だがしかし、である。
恐ろしいことに、10人中1、2人はついうっかり言ってしまうのだ。
「かゆいところはございませんか?」と……
聞かなくていいと言われているにもかかわらず……
これは呪い……ホラー……いや違う…………

 

ルーティンだからだ!

ルーティンだからつい言っちゃうのだ。
ルーティンだから体に染み付いてる。腕の動きと口と声帯の動きがリンクしてるから言っちゃう!!
だってだって!なぜならそれは!!ルーティンだから!!!(ルーティンって言いたいだけ説)

何かのテレビで実験しているのを観たことがある。
スポーツ選手にルーティンをやめさせるとパフォーマンス力が下がるのか。
その実験の結果でルーティンをやめさせると力が十分に発揮されないことが科学的に立証されていた。
EXILEパフォーマーたちに歌を口ずさみながら踊るのをやめろと言ったらどうなるだろう。三代目J Soul Brothersでもいい。マイクを持たないパフォーマーたちに、歌わずに踊ることに徹しろと言ったらきっと、パフォーマンスの質は下がるに違いない。そうだ、そうに決まってる。

とにかく、美容師に思う存分「かゆいところはございませんか?」と言わせてほしい。
そうすることで美容師は最高のパフォーマンスをするだろう。そしてあなたはいつか、最高のシャンプーに出会う。「んはぁ!こんなシャンプー初めてぇ!」と。

美容師から「かゆいところはございませんか?」を奪うのは、鳥の羽をもぎ取るのと同じなのである。羽ばたかせてほしい。大きな声で、聞かせてほしい。美容師に、言わせてほしい!


「かゆいところはぁ!ございませんかぁぁ?!!!」

 

 

 

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